神村八幡神社

史跡・名所

神村八幡神社の参道入り口

拝殿内

手水舎の向には神村八幡神社の説明書き

奥に見えるのは社務所

境内入口からの拝殿
左には手水舎

境内前の石灯籠と狛犬

参道の大鳥居と石灯籠

車道側の大鳥居

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拝 殿

拝殿と本殿

拝殿前

手水舎

本 殿
本殿の右には艮神社が鎮座

境内からの参道階段
正面は松永の市街地

狛 犬

直進は一般参道
右は車道

境内東側の社務所

所在地  広島県福山市神村町41-1

創祀は延久元年(1069年)。京都男山八幡宮(石清水八幡宮)より勧請し創建されたとされる古い神社だ。神社庁への登録名はただの八幡神社である。男山八幡宮は清和源氏の中で主流とされる、正に武闘派としての流れを造った河内源氏の守護神である。壺井八幡宮は康平7年(1064年)5月15日、前九年の役に戦勝して凱旋した源頼義が、その本拠地、河内国石川郡壷井(大阪府羽曳野市壺井)に男山八幡宮から勧請し創建されたものだ。1500年代の戦国時代、備後ではあちこちに出現した武将達が、源氏の武運にあやかろうと男山八幡宮から武神としての八幡神を勧請し、多くの八幡神社が創建されているが、この平安末期に、また、この神村の地に清和源氏、河内源氏の流れをくむ武将がいたのだろうか。男山の祭神は神功皇后、応神天皇、宗像三女神の八幡神であるが、ここ神村八幡神社は応神天皇と姫大神の二柱だ。姫大神は八幡神社では宗像三女神を指すとされているから、そうすると神功皇后が抜けている・・・?
    備後の歴史を歩くコミュの神村八幡神社より

本 殿
本殿の左には熊野神社が鎮座