亀山八幡神社

史跡・名所


  所在地  広島県神石郡神石高原町小畠2251

創建は治暦(1065)元年8月、京都石清水八幡宮から勧請し当国8郡の鎮守とし創祀されたと伝わる古社である。その後、元弘年間(南朝1331-4)桜山四郎入道が再建修造している。桜山四郎入道は、「太平記」に、鎌倉時代末期元弘元年に後醍醐天皇が鎌倉倒幕を掲げ京都笠置山で挙兵した。これに応じた楠木正成に呼応した桜山四郎入道も備後から参戦したが笠置山は落城し後醍醐天皇は隠岐に配流。楠木正成も戦死したと伝えられたことから、桜山四郎入道は妻子や一族郎党23人とともに、備後吉備津神社に放火して自刃した。その時、桜山の一族によりこの亀山八幡神社も社殿を焼かれている。永正年中(1504-21)になると小畠九鬼城主馬屋原但馬守正国が再興している。江戸時代には承応2年(1653)福山城主水野勝種が社殿を再建。水野家が絶えると豊前国中津藩領となり元禄16年(1703)中津城主奥平大膳太夫が本殿を再建しこれが現存している。明治40年には村内42社を合祀し、明治4年に村社に列格、明治10年には郷社に昇格した。
  参考資料  mixi 備後の歴史を歩くより  
   県道27号線沿いの丘の上に大きな鳥居
   

県道27号線からの参道入口
   丘の上の大鳥居から
   参道を下ると左に
 立派な社務所
   町道からの参道入口
   

木製の立派な大鳥居

石灯籠の下に百度石

右の大木は
 天然記念物の「ツガ」
   大鳥居からの随神門
   随神門

 大きなしめ縄は5年ごとに氏子さんが掛け替えているそうです
     随神様
   随神門からの拝殿
   参道階段からの拝殿

拝殿前には注連柱と狛犬
     狛 犬
   注連柱と拝殿
   拝殿内
   拝殿前から
   境内からの随神門
   境内の説明版
   手水舎
   

本 殿
  妻飾り

塗装の塗りかえが始まっていました





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