久井稲生神社(くいいなりじんじゃ)

史跡・名所

御由緒
  所在地 広島県三原市久井町江木1―1
当神社は山城伏見稲荷大明神を勧請した神社であります。
抑々稲荷大明神の当地に御鎮座の縁由を尋ねますと伏見稲荷本社の神田が当地方即ち 之荘に有ったことに起因することは古文書により明白であります。
用明天皇の御代用明元年(五八五)本社の社家奏氏が御分霊を奉持して下津三橋の上原田谷に社殿を造営して「 の伊奈利大明神」として鎮座せられ 第六十一代朱雀天皇の御代天慶元年(九三八)に現在地亀甲山に神意により還座奉斎せし地方有数の古社であります。
昭和二十一年宗教法人令により神社本庁所属であります。
古くは領主藩主の崇敬驚く弘治三年毛利元就本殿を造営し、永禄三年小早川隆景は平房實源通忠二人を奉行として社殿を造営し更に社領田拾弐町弐反神子田五町参反
及び大般若経六百巻を寄進せられ徳川時代には元禄十四年(一七〇〇)藩主浅野忠義社殿を再建させられました。
是が現在の社殿であります。
尚浅野家よりの奉納物参拝祈願等多数ありますが省略します。
明治の初期までは「稲荷」の字を用いていましたが国学的解釈により「稲生」に替字しました。
   久井稲生神社公式サイト より
 駐車場から見た参道
 市道からの参道入口
 参道入口の大鳥居
 
二個目の大鳥居と扁額
 参道階段
 参道階段からの神楽殿
 参道階段を上がると大鳥居の前に百度石、後ろには狛犬
 大鳥居後ろの狛犬
 参道階段上がり口左の手水舎
 拝 殿
 注連柱後ろの狛犬
 さらに後ろの狛犬
 拝殿前の社号標
 拝殿上がり口

おみくじも売られていました
 拝殿入口の扁額
 拝殿内
 拝殿内の絵馬
他にも沢山有りました
 拝殿前の参道

左は神楽殿
 拝殿と本殿
 本 殿
 神社全景

拝殿(右)と廊下(中央)を介して社務所(左)
 神楽殿
 境内からの久井町内
 市道からの久井稲生神社




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