府中本山-日吉神社(ひよしじんじゃ)

史跡・名所

  所在地  広島県府中市本山町85
 府中市の重要文化財に指定された日吉神社本殿は元禄16年(1703)の再建である。全国の日吉神社や日枝神社は滋賀県大津市坂本に鎮座する山王権現、今の日吉大社を総本社とする。府中市本山町に鎮座する日吉神社は弘仁4年(813)滋賀県の日吉大社から備後国府の鬼門守護神として勧請し創建された古社だ。西備名区には本山村の産社日吉山王権現社とし、「巌屋寺草創に比叡山をうつし、麓に日吉山王を勧請し鎮守とす。後、本山の産社となる」と記されている。「巌屋寺」とは真言宗栄明寺末寺、巌屋山青目寺(しょうもくじ)のことで、府中市亀ケ岳山頂七つ池付近に建立。醍醐天皇延喜年中(901-922)讃州八嶋寺青目上人を開基とする。天慶(てんぎょう)7年(944)の秋に焼失。長久4年(1043)に八尾山城主山名伊豆守が再興した(西備名区)とあるが八尾山城主山名伊豆守が活躍した時代は南北朝であって長久4年とは時代が320年も違うと指摘している(備後叢書)。また、由緒書には創建年は延喜年中ではなく日吉神社創建と同じ弘仁4年と記される。現在の青目寺は亀ケ岳中腹にあり、山頂には当時の遺構が発掘されている。比叡山延暦寺と日吉大社の関係を模したのが青目寺と日吉神社かもしれない。
   mixi  備後の歴史を歩くコミュの日吉神社(府中市本山町)より
 

日吉神社府川石鳥居
石鳥居前に設置されている
日吉神社府川石鳥居の
説明板
 日吉神社府川石鳥居(ひよしじんじゃふかわいしとりい)
 府中市指定重要有形文化財
この鳥居は、府中市本山町に所在する日吉神社の鳥居である。花崗岩で造られており、現高373センチメートルを測る。元文年間(1736年から41年)のころに暴風雨で倒壊し、宝暦10年(1760年)に旧材の一部を再利用して再建したものである。島木の中 央と右端の材と貫の両端の材が創建当初のものと推定される。転びがなく柱が垂直に立つことや、島木が直線的なことなど、古い様相が見られ、もともとの形態をできるだけ忠実に復元するよう心がけている。鎌倉時代末期から室町時代前期ごろの創建と考えられる。
    府中市ホームページより
 
 日吉神社府川石鳥居

 地 図
 県道399号線沿いに日吉神社の注連柱
ここから約700メートル参道を兼ねた市道を登ると日吉神社
 日吉神社注連柱

 地 図
 

市道からの参道入口

左の空き地は本山村小学校跡
 参道からの府中市街地

赤丸付近に日吉神社府川石鳥居が有ります
 

参道入口の日吉神社社号標と大鳥居
 山王鳥居
 山王鳥居からの参道

正面奥は随神門
 左  手水舎
 右  随神門
 手水舎
 随神門
 随神門からの山王鳥居
 随神門からの神楽殿
 神楽殿

 右(南)  参道入口側
 左(北)  拝殿側
 神楽殿からの随神門
 

神楽殿の西側に社務所
 神楽殿東からの拝殿
 日吉神社の由緒が書かれた案内板
 神楽殿西からの拝殿
 神楽殿からの拝殿
 拝殿前の狛犬
 拝殿入口
 拝殿内
 拝殿からの神楽殿
 拝殿全景
 本 殿
  日吉神社本殿(ひよしじんじゃほんでん) 府中市指定重要有形文化財
本殿は三間社の入母屋造りである。正面三間に内開きの蔀戸、側面前方一間に方引板戸を設け、四面に縁を廻らす。彩色はされてなかった可能性が高い。寛永10年(1633年)及び元禄16年(1703年)に社殿再建の棟札があるが、様式的に元禄より少し新しい18世紀前半(享保年間)建立のものと考えられる。
平成4年(1992年)の解体移築では、全ての部材をそのまま使用し縁の材(けやき)も含めて、当初の材がすべて残っている。
    府中市ホームページより

 
 本殿前の狛犬
 本殿と拝殿 右は境内社
 日吉神社宝塔
 日吉神社宝塔(ひよしじんじゃほうとう) 広島県重要文化財
本殿右後方に築かれた基壇の上に建てられている。高さ約1.5メートルで、花崗岩で造られている。基礎の一面には「正和四(1315年)年五月八日、勧進沙門、玄真」の刻銘があるが、風化がはげしく、ほとんど判読できない。塔身の首部上面には、深さ12.5センチメートルのくり込みがあり、この中には納経してあったものと思われる。基礎の下には備前焼の甕が埋められていた。
   府中市ホームページより
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 地 図